1956年に、複数の店舗が合併し出来た公私合営(国営企業)・北京製墨廠も「八寶印泥」を製作しましたが、その中核となった一得閣は、1980年代の改革開放経済下で再び一得閣として営業を再開し、100年以上貯蔵したヒマシ油を加えたオリジナルの「八寶印泥」を作り出し、すぐれた品質で評判を呼びました。一得閣の印泥製法「特制八宝印泥制作技芸」は、北京の「宣武区級非物質文化遺産」に指定されてまでになりましたが、現在はその面影すら感じられなくなったと多くの書畫家が嘆いています。
芸術家、蒐集家、蔵書家が劣悪な印泥を書画に遺す行為は、見識そのものを疑われますし、経年劣化や退色する印泥は書画の風采を損ない、さらに自らの雅号が印影で残ることになりますから、永遠の恥と思うべきなのかもしれません。中国古美術品として高貴珍重な書畫作品は蒐集家に大切に保存されてきた訳ですから、鑑定の際に大きな判定基準となる印影はある程度の時代判断の手掛かりとなります。硫化水銀である朱砂などの化合物を原料にしている印泥は安定した顔料ですから、数百年を経過した名品の落款印や収蔵印であっても、その朱色は鮮やかな輝きを放っています。安価で劣悪な印泥が押された作品は、見識ある蒐集家の手にあったとは絶対に考えられません。
読者のみなさん、是非、表具・表装、保存状態、いろいろな意味でもご自身の作品にはいつまでも「愛情」を持ち続けてもらえるような用具用材を使っていただきたく思います。