高鳳翰にも蒐集癖があり、特筆すべきは1,000点余りの硯でした。そのなかから優品116面を選び、硯図に左手で銘を書き込み、それを板に刻して「硯史」という名の硯譜を表わしました。原本には彩色入りの素晴らしいものでしたが、残念にも高鳳翰は未完のままこの世を去りました。
後世になり原本を入手した王相が拓影を元に、王日申、呉煕載の模刻による乾隆本と道光本として「硯史(拓影)」を刊行しました。その他の代表的な硯譜としては1778年(乾隆43)の乾隆亭欽定による「西清硯譜(筆写)」では241面、1916年(民国5)の紀曉嵐による「閲微草堂硯譜(拓影)」では99面、1923年(民国12)の枕石友による「枕氏硯林(原拓)」では158面の硯の原拓本が硯譜として紹介されています。阮元、馮公度などにも「金石縮模硯譜」があります。改革解放前の蒐集家、広倉学窘「広倉硯録」や台湾の林伯寿「蘭千山缶硯譜」が知られています。
さて、筆者が所蔵する硯譜に漢碑の縮模を硯に刻し、それを採拓して製本した「百漢硯譜」があります。詳細は杉村邦彦氏「書論(第14号1979年春)」で紹介されていますが、コピー機やサンドブラストなどのない時代に、硯に泰山刻石、莱子侯刻石、開通褒斜道刻石、礼器碑、史晨後碑、西狭頌、祀三公山碑、魯峻碑、白石神君碑、張遷碑など代表的な漢碑の縮模版を刻し、それらから拓本を採り、硯譜に仕立てているその愛玩ぶりには驚かされます。
その緻密さは圧巻で、碑陽、碑側、碑陰まで見事に再現しています。機会がありましたらご披露したいと思っています。