写真は小生が所蔵する★(「獲」を山編に)村石蘭亭硯です。緑端渓は北宋時代から採掘された歴史ある端渓硯の一種で、青緑した色艶と僅かに黄味ががった美しい石質で非常に人気のある硯ですが、これによく似たのが本品の★村石です。硯に刻されている模様は「蘭亭図」ですが、これには少し説明が必要です。中国の東晋時代の永和9年(西暦353年)、会稽山陰の蘭亭に漢民族再興を祈願して集まった当時の名流四一人によって「流觴曲水之宴」が催されました。川上から流れてくる笹の葉に乗せられた杯には酒が注がれ、自分の前まで流れてくるまでに一首、詠まないと罰則としてその杯を飲み干さないといけません。その様子を、当代随一の書聖と仰がれた王羲之が「蘭亭序」として書き残しました。王羲之揮毫の蘭亭叙は名筆として唐の太宗が溺愛し、あらゆる策を講じた末、ついに自らのものとし、自身没後は遺言で昭陵に葬らせました。唐代の名手たちによって臨摸された蘭亭序が後世に伝えられ、石に刻され法帖として広まり、宋代になると蘭亭八百種と言われるまでに至ったのです。
後世になり、この蘭亭雅会は文人の憧れ、まさに理想郷とされ、その時の様子が図案化され、それを硯面、周囲、裏面に刻した「蘭亭硯」と呼ばれるようになりました。蘭亭硯には楕円硯と長方硯がありますが、総じて厚みのある硯式で、裏面は1〜2センチの周縁を残して凹部を作っています。図案形式は複数あり、硯面も楼閣山水、また楼閣のないもの、蘭亭叙の関亭山水図を側面に刻したり、銘文を刻したもの、凹所に浮鵞を刻したり、蘭亭叙銘文を刻したものもあります。小生蔵蘭亭硯の模様は拓本に採ると非常に見やすいのですが、まず硯表面の模様は、上部に配された楼閣で文人が微笑み、流觴曲水に見立てた墨池に水を注ぐと蘭亭の象徴・鵞鳥が流れに沿って泳いでいるかのように刻されています。側面には関亭山水図が生き生きと描かれ、背面の陽刻模様は、恵風和鴨とも呼ばれる100羽の鵞鳥が遊ぶ様が描かれ、まさに文人たちが興じた関亭風情が目に浮かぶようです。
次号では書に携わる人であれば誰もが欲しくなる幻の硯石「★河緑石硯(学名・輝緑岩)」を始め、それら硯の収集に明け暮れた人物についてお話ししたいと思います。