敬天齋主人の知識と遊びの部屋

敬天齋主人の知って得する中国ネタ

【老饕(食いしん坊)】VOL.1

 
●自由市場で売られている犬

 衣食住と言えば人類が最低限の生活を送るうえで必要不可欠なものであることは誰もが認める事実です。そのなかでも食は最も大切な営みと言えるでしょう。ところが不思議なことに西欧や日本では、古来より飲食物の話題を口にすることははしたない行為だという考え方が根強くありました。宙に浮く飛行機と地に着いている椅子以外は全て食べてしまうという諺がある食大国・中国ですら、「君子不下厨(君子厨房より遠ざく)」と言われたようです。飲み食いの話題ばかりを吹聴する行為は下品なことと軽蔑されたようです。
 しかし文化人が会話のなかでさり気なく食に関する知識を披露したり、即興で詩文を創る行為は尊敬に値したようで、多くの文人、詩人が飲食に関する名詩を残しています。また古来より料理書には文人の名前や詩文を借りて出版されたものも多々あり、蘇東坡、杜甫、白楽天、鄭板橋らの文人がまさにその代表だったと言えるでしょう。
 さて、筆者は以前西安を訪ねた折、友人に連れていかれたレストランの裏メニューで「珍しいモノを食べさせる」と称して、犬肉を食べさせられた経験があります。帰国後家族や友人から「なんと野蛮な!」との非難を受けました。
 しかし犬肉料理と言えば我が国を含む東アジアに古くから伝わる、列記とした伝統料理で、天子の儀礼、民間では祖先へのお供え物として使用されたことが『礼記』に記載されています。また湖南省長沙の馬王堆漢墓からの出土品には、なんと七種もの犬料理が含まれていた事実から、漢代の貴族層も犬肉を食していたことが確認出来ます。ただし北魏時代の鮮卑族、西域から仏教が伝来した一時期は漢民族ですら、さらには清朝時代の満州族も犬食をタブーとしました。
 犬肉好きと言えば揚州八怪の一人・鄭板橋が有名ですが、『芸苑余談』に、塩商人が当時一世を風靡した鄭板橋の絵を手に入れるために、犬肉料理をもてなし、興に乗った鄭板橋が壁に書画のないことを指摘した途端、筆と紙を与えてまんまと作品を手に入れたという逸話が載っています。