敬天齋主人の知識と遊びの部屋

敬天齋主人の知って得する中国ネタ

【纏足(てんそく)】VOL.2


●素足の纏足 (写真左)と纏足のレントゲン写真

 第1段階は足のやわらかい幼少のうちに親指以外の四本指を内側に曲げ、第2段階は約2年がかりで足の甲を縦に曲げ、3日に一度の消毒以外は縛り続けて変形させます。この作業が生涯にわたって行われ、ついに足の形状はハイヒールのように変形してしまうのです。これほどまでに流行した纏足づくりがなぜ花形商売とならなかったのかは、筆者も不思議で仕方ありません。
 さて、康煕帝が1664年に満州族婦人に対する纏足禁止令を出しますが、満州女性は纏足の代わりにつま先の細い靴を履き、漢族女性は纏足の歩き方を真似ました。国家による禁止にもかかわらず、当時の女性にとって纏足は絶対的なものでした。
 さらに清朝も纏足禁止令を出しましたが結局は止められず、中国全土で見られなくなるのは1949年、中華人民共和国が建国されてようやくその姿を消しました。大陸から多くの中国人が移住した台湾でも纏足は流行しましたが、日本が統治した初期に追放運動が行われついに廃れたのです。
 纏足は女性が男性と同等の権利を持てなかった古代中国における美の象徴そのものでしたが、その概念の背景には「男性の欲望を満たすための女性抑圧」があり、中国が近代化・国際化するなかで、また近代中国における女性解放を語るうえで避けて通れない話題でもあると言えるでしょう。