NO.1 京都大学人文科学研究所研究会参加記
大野 修作
◆京大には文学部以外に人文科学研究所という組織があり、そこは東洋学のメッカと呼ばれるところでもあります。学生を持たない研究所で、東方部、日本部、西洋部と一応分れていますが、基本は研究班を組織して、全国の研究者の集う機関になっています。
◆小生は今年は、東方部の金文京所長の主催する「唐代文学研究班」に非常勤講師を兼ねて参加しています。昨年までは金所長班は「日用類書の研究」という班を五年間組織していたのですが、今年から一応三年計画で、唐代文学でも「杜家立成雑所要略」を読むことになりました。「杜家立成」は光明皇后の書でも有名で、日本に残る貴重な文書ですが、当時の中国の基本文例集でした。「杜家」というのは杜成蔵、杜正倫といった杜家の人の文章を収めたという意味であり、「立成」はたちどころに出来るというマニュアル本という意味です。合計三十六通りのテーマについての往信と復信、会わせて72通の手紙文例集ですが、ただ単なる実用書簡文だけでなく、文学性もあったと思われる内容豊富な文章です。それを当時の俗語の資料集、月儀、俗文学の情況なども視野に入れながら、解読して行こうという試みです。研究成果は『東方學報』として公開されるのが通常です。
◆私とすれば、光明皇后の書に関心があり、始めは「楽毅論」と同じような謹厳な筆致であったものが、次第になめらかな草書の筆致になるのは、内容をよく理解してのことと想像しています。そしてその書の手本としたのは、王羲之の楽毅論といわれますが、実際には?遂良の臨本の系統ではなかったかと想像されますし、それについては研究発表しようと思っています。
◆人文科学研究所について、簡単な紹介をしておくと、前身は義和団の賠償金を基礎とする対支文化事業特別会計で出来た東方文化学院です。もとは外務省の管轄でしたが、戦後、東方文化学院東京研究所は東大東洋文化研究所、京都研究所は京都大学人文科学研究所となりました。京都研究所は、経学、文学、宗教、天文暦算、歴史、地理、考古学の研究室から始まりましたが、日華事変が起って時局が切迫してくると、軍部の圧力が増大し、古代中国の研究などは無用で、当面する対中国政策に直接役立つような現代中国の研究をしろという議論が盛んになってきました。小島祐馬の言葉では「東京は訳なくその希望を容れ、租界の研究や列強の支那投資の研究など四つばかり新研究題目を掲げましたが、京都ではそれを拒絶して当初の目的を貫徹した」といわれます。恐らく研究所の自立を守ろうとした気迫が、その後の東洋学のメッカと呼ばれる数多くの学術成果を生み出したと思われますが、現在もその姿勢は引き継がれていると言えるでしょう。
◆なお書道家にはもっと関心を持ってよいと思われる拓本のコレクションがあります。代表的なものは殆どが「人文研所蔵拓本目録」として、アーカイブ化されており、コンピューターでダウンロードして観ることは可能です。皆さん是非、京大人文研のホームページにアクセスしてみて下さい。
【京都大學人文科學研究所ホームページ】
http://www.zinbun.kyoto-u.ac.jp/
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