劉江先生
◆『書法漢学研究』第35号編集後記には、出版界のみならず「漢字の国」中国が進めているスケールの大きな事業の一端について触れました。中国ではこのところ、巨大な展示スペースを使った日中両国の著名な書家による競演も行われていて、中国書法界の盛況にも目を見張るものがあります。そんな中、つい最近になって、中国美術学院で永らく教鞭を執られた書画篆刻界の重鎮の一人、劉江先生が天寿を全うされたという訃報にも接しました。沙孟海の学統を引き継ぎ、斯学の高等教育と学術の推進に貢献された先生の温顔と実直な人柄が思い出されます。
◆さて第35号は、研究成果の発信として、前号につづく門田氏、白須氏の論考の後半、筆者による研究ノートの後半、それに任氏、橋本氏、志民氏、森岡氏による、それぞれの専門領域にかかわる論考と研究ノートを加えて、全七編をもって構成されています。
◆このうちの一編、任占鵬「敦煌及びホータン出土文書に見える『蘭亭序』の習字学習」は、これまで十分な成果があげられてこなかった中国の習字史研究の分野に、小さいながらも確実な一石を投じた論考だと思います。この一文は26年前に発表された福田哲之氏の論文「トルファン出土文書に見られる王羲之習書」(『書学書道史研究』(第8回大会:1997年11月22日/淑徳大学)と併せて読むことをお薦めします。この研究領域に対する興味が倍増するはずです。
◆関連することとして、中国では古くから書という技芸がどのように学ばれてきたのかという考察、つまり習字の実態究明に関する研究はあまり進んでいないように思われます。事実を探求するための確かな史料に乏しい、というのが最大の理由でしょう。とくに魏晋南北朝以降、書の名人が輩出した一族では、いわゆる家学として書法の伝授が、具体的にどのように行われてきたのか、ということを知りたいわけですが、史料的制限の壁は大きいままです。
◆たとえば、楷書の名人として大成した欧陽詢は、若い頃から習字に熱心であったと推測されますが、果たして彼はどのようなテキストを机上に置いて、どのような筆をどのように持ち、どのような練習方法で楷書を学んでいたのかは全くの謎です。
◆かつての人気テレビ番組「タイムトンネル」の主人公になって、6世紀後半の中国にタイムスリップし、父の死後、その旧友で陳の尚書令になった江総にかくまわれて教育された若き欧陽詢が、習字に励んでいる書斎に入ってみたいものです。
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