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メールマガジン Vol.25 2019年11月1日発行


メールマガジンの発行が大幅に遅れました。申し訳ありません。
その分、今号では先日、韓国全州で開催された「韓国全北ビエンナーレ」の展覧会と学術討論会の様子をご報告をさせていただきます。

【本号の内容】
 「書法漢學研究」第25号のご案内
 韓国・全北ビエンナーレ展、全北ビエンナーレ国際学術討論会
  −近藤 茂−
 全北ビエンナーレ国際学術討論会報告−大野修作−
 弊社設立20周年記念祝賀会

「書法漢學研究」第25号のご案内
書法漢學研究第25号  
【論説・資料紹介】
鄒城新発見の漢安元年文通祠堂題記及び図像釈讀 胡新立
(訳)大野修作
永坂石★(土偏の隷)漢詩集―2 大野修作
希観資料紹介 蠅頭書冊「耆儒澄鑑」(その一) 中村伸夫
閔泳翊と呉昌碩の金石交流 近藤 茂
石★(土偏の隷)翁と月ヶ瀬 井谷憲一
【講演録】
東アジアにおける書文化比較研究の試み 増田知之
【スナップ・コラム】
孝女曹娥碑の書作者は誰か―古碑の重層的性格― 大野修作

 表紙写真は北京・故宮博物院「銘刻館」に所蔵されている「石鼓」です。この写真は小生が2005年10月に訪中した折、肉眼で参観した撮影したものです。
 石鼓は唐代初期、陝西省鳳翔府天興県(現・陝西省鳳翔県)の南方20里の陳倉から出土した10基の碑碣です。石鼓の周囲には四言詩で狩猟について刻されているのですが、現存する中国石刻文字資料としては最古のものです。
 書体は始皇帝が文字統一した「小篆」の祖「大篆」と呼ばれ、歴代の書家に愛好されました。銘刻館で初めて石鼓を見たときの感動は今でも鮮明に覚えています。

 
 韓国・全北ビエンナーレ展、全北ビエンナーレ国際学術討論会
  −近藤 茂−

10月11日から3泊4日で韓国・全州市が主催する「韓国・全北ビエンナーレ国際学術討論会」で論文発表する大野修作先生に帯同する目的で出張して参りました。

初日は仁川空港から高速バスで4時間以上の大移動、移動だけで一日が終わりました。二日目は今回の出張で唯一、観光させてもらった「全州市韓屋村」見学です。ソウルにある北村韓屋村は朝鮮時代の高級官僚宅が中心に作られているのに対し、いかにも最近、作られた感のある佇まいでしたが、茅葺屋根の上に大きな瓜が育っていたり、日本では余り見かけない光景を目にしました。

韓屋村1
  韓屋村2
     
韓屋村3
  韓屋村4
     

そして1995年に開館した全州市剛庵書芸館を訪ねました。こちらには韓国書道界の巨匠、剛庵 宋成緕≠フ1.162点もの作品が展示されている、韓国で唯一の書道作品のみを扱った展示館だそうです。

剛庵書芸館1
  剛庵書芸館2
     
剛庵書芸館3
  剛庵書芸館4
     

午後からは全北ビエンナーレ展開幕式があり、日本から出品された豊散山氏、もぐら庵氏、川内伯豊氏を始め10数名の方々とご一緒させていただきました。夜には参輿作家歓迎晩餐会が行われ、観光篆刻界の重鎮、權昌倫先生、金榮倍氏、中国書法全集編者の劉正成氏、月刊「書藝」の崔光烈社長らと交流を深めました。

展覧会1
  展覧会2
     
展覧会3
  展覧会4
     
展覧会5
  展覧会6
     
展覧会7
  展覧会8
     
     
討論会1
討論会2

さて、全北ビエンナーレ国際学術討論会では、小生の友人である柳海東氏に大野修作先生の発表の通訳をお願いし、国際学術討論会が始まりました。立派な論文集が制作されていましたが、日本語の翻訳が徹底されておらず、特にハングル中心の論文集は意味不明だったのが残念に思えました。中国北京の出品者がグランプリを受賞、賞金1000万ウォンをゲット、大喝采を浴びていました。30年の歴史がある同展ですが、個人的には多くの課題を残したと思っています。日韓関係が最悪の状況で、訪韓自体、不安視する人が多かったのは事実ですが、概ね歓迎ムードだったのは救われました。柳海東氏には大変、お世話になりました。心より謝意を申し上げます。




 全北ビエンナーレ国際学術討論会報告−大野修作−  
討論会3

今回、韓国の全州の書芸ビエンナーレで「書法・書道・書藝―中国、日本、韓国における呼び方と其の位置』と題して発表してきました。一般的に書のことを、中国では「書法」といい、日本では「書道」といい、韓国では「書藝」と言われるのが通常です。果たして其の来歴と現状がどうなっているのかを考えてみたいと思います。かつて中国文学研究の泰斗と称される吉川幸次郎先生は、私の恩師でもありますが、日本人であるにもかかわらず、「書道」という語が嫌いで、次のように述べています。「そもそも此の書道という言葉は、中国にはない言葉である。つまりこの言葉は和製の漢語なのである」と。「道」という言葉が持つ日本的な意味に対する好悪の感情が先にあって、中国にはない和製の漢語であると断言される背景には、秘伝、秘法を密かに匂わせる感覚を感じてそのように発言したのでありましょう。しかし手近な日原利国編『中国思想辞典』(?文出版・1984年)は、この種の辞典では珍しく「書道」の語を扱っていますが、次のように述べています。「我が国では、とくに芸術活動の場合を書といい、書道と切り離して呼ぶようになっているが、まだ一般には定着していない。一般には華道・茶道・歌道・武道などと並んで、師弟の間に伝授される伝統的な芸術とされ、哲学的・道徳的な道を強調し、中世的なイメージを持つことが多い。中国では、唐の張懐?の『書議』に「文章発揮して書道尚ばる」「其の道貴ばれて聖と称す」などというように、書の道という語が唐以後の書論中にみえるが、多くは「詩・書・画」のように書とよんでいる。現在では書法といい、精神修養的な意味を強くしていない。(田中有)」とあり、唐代の書論の中に「書道」の語が熟した形で見えていることを指摘しています。張懐?の『文字論』の「書道」の挙例は、張懐?だけでなく同時代の人たちによって「書道」の語が博く用いられていたことを示していますが、玄宗皇帝の道教への傾倒ぶりが極めて大きな影響を与えているのではないかと思われます。しかし総じて中国では「書法」が大多数です。

討論会4

翻って、日本の場合、長い間、中国の歴史を踏まえると思われますが、「書道」が「書法」を、言い回しにおいて凌駕するような傾向がうかがえます。其の理由として考えられるのは、白河上皇の院政期には、日本の貴族社会のあり方は変化して、歌道、楽道、書道、蹴鞠など特定の家々が担当し、世襲するようになりました。特に和歌は世俗の事柄より高次で優れるとされ、「和歌三神」(住吉明神、玉津島明神、柿本人麻呂)は祭られ、自作の和歌を神仏に奉納することが急増しましたが、それとともに「歌道」の語は定着しました。「書道」も恐らく其の延長線上にあり、歌道と同じように書にも家柄があると意識されたからと思われます。

討論会5

最後に朝鮮半島書芸史に遷りたいと思いますが、正直申し上げて私は朝鮮語が十分堪能ではなく、漢字文献に表されたものを証拠にして議論を進めてゆくことをお許し願いたいと思います。かつ朝鮮時代にハングルが成立して後と前の対比から、ハングル書道の今後について卑見を述べたいと思います。15世紀中葉の世宗王のとき、ハングルが創設されますが、世宗王没後は一般の日常文字としてはほとんど普及しませんでした。ところが草創から四世紀以上たってから、二十世紀になり、半島に民族主義の高まりを見るに及んで、ようやくハングルにも書芸的な創作、研究対象として関心が向けられるようになりました。今後の発展が期待されますが、日本の仮名以上の発展は見込めないと私は考えています。といいますのも、日本の仮名は、変体仮名を含めますと約二百字、万葉仮名を含めますと数千字が書の材料として存在しています。故に作品として十分な選択と創作の余地があります。しかしハングルは発音記号単体では百字に満たない、日本でいえばカタカナの世界に等しい存在で、十分な表現材料とはなり得ていません。ここで思い出されるのが、琉球の漢字と仮名の碑文の運命です。琉球でも外交の領域では漢文体がもっぱら用いられました。琉球が明を盟主とする国際秩序に参入したとき、意思疎通の媒体は当然漢文でしたが、総じて漢文はもとより、カナ文からも女性の影は完全に消えてしまい、同時にカナによる碑文の制作もはぼ無くなってゆきました。朝鮮半島におけるハングル書芸も、これと似た運命をたどらないか、思案します。

討論会6

以上のように私は発表し、その後の討論にも参加しました。ちなみに要請論文は、劉正成ほかの五名の論文で、あと三名は優秀公募論文と云うことで発表と質疑応答が為されました。結果的に半ば中国の劉正成と小生が日中を代表するような形で、討論が進んだように思えます。韓国の書法事情はハングルが中心で、漢字書法がおろそかになっているようで、ハングル書道は批評するほどの域に達していないとも思われました。私は問題提起をかねて、琉球の例を挙げて、カナ碑文が実質的に消滅したが、漢字書道に比べると、表音文字は造形的に不十分であり、まして芸術として長期間、君臨し、存在するには困難であろうとの見解をも述べましたが、しかしビエンナーレで国際的に発信する姿勢は、見習うべきです。最近の日本の書道界は、毎日、読売、日展、日本書芸院の展覧会でも、内向きで、外国に向かって積極的に発言している人があまりに少ないと、韓国に来て強く感じました。韓国も書芸、漢字教育を復活すべきではないかと、もがいている人もいるように見受けられましたが、スマホの使用頻度があまりに高く、漢字を書くことが面倒になっている若者が大半であることも認識しました。



 弊社設立20周年記念祝賀会!
祝賀会1

韓国出張を終え、バタバタと準備作業した弊社設立20周年記念祝賀会、お世話になっている先生方、取引先、友人、元部下など17名のご参加をいただき、盛大にお祝いしてもらいました。すでにSNSを中心にご報告しておりますが、お忙しい中、ご参集いただき、またお祝いまでいただいた皆さん、そしてお花まで届けてくれた東京の川内佑毅、良子夫妻、幼稚園からの幼なじみの三宅幸雄、山内悦子両名、本当にありがとうございました。また21年に向けてしっかり足元を見つめながら頑張りたいと思います。


祝賀会2
  祝賀会3   祝賀会4

 


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